どうも雨が降ると龍の宮物語の世界に連れていかれてしまう紺です。今月は何回迷い込めば良いのやら。
今日は「龍の宮物語」を紐解く上でかなり重要な登場人物、天華えま演じる「山彦」の正体と、清彦(瀬央ゆりあ)との関係について、勝手な考察を深掘りしまくってまとめてみたいと思います。
以下ネタバレ全開ですので、龍の宮物語をまだ見ていないという方は自己責任でお願いします!
1幕から随所に差し込まれる山彦の「何か知っている感」
山彦(天華えま)は「龍の宮物語」主人公・伊予部清彦(瀬央ゆりあ)の書生仲間として登場します。
プロローグでは清彦が度々見るという不思議な夢の情景が描写され、玉姫(有沙瞳)や龍神(天寿光希)ら龍の宮の面々、地上での清彦の想い人である百合子(水乃ゆり)らが登場します。
そのプロローグの中で、山彦は清彦の腕を掴んで何かを止めようとしています。
そしてプロローグから続く1幕冒頭の場面、書生仲間が怪談話を披露しあって盛り上がる中、「夜叉ヶ池」という言葉にやたらと敏感に反応する山彦。
度胸試しに夜叉ヶ池に行くよう清彦をけしかける書生仲間たちに対し、山彦は「別の場所の方が良い」と、夜叉ヶ池から話をそらそうとしています。
そして翌日、清彦が夜叉ヶ池に行ったかもしれないと聞いて、山彦はひとり血相を変えます。
明日になれば帰ってくるだろうという書生仲間に対し、「当分戻って来れないかもしれない」と山彦は言い、実際その通り清彦はそれから何年も姿を消すことになります。
このように1幕では、山彦一人だけが、夜叉ヶ池と清彦にまつわる何かを知っている、という描写が随所に差し込まれています。
もう一つの違和感・山彦の服装
山彦をよく見てみると、もう一つ違和感を覚えるところがあります。それは山彦の衣装です。
清彦をはじめ他の書生仲間は、玉姫の手下から「今をときめく書生様」と言われるように、明治~大正時代に流行った書生服を着ています。
書生服とは、着物の下に襦袢ではなくスタンドカラーのシャツを着て、下は袴に足袋と下駄、場合によってはブーツなどの洋靴を履くという和洋折衷な出で立ちです。
書生姿と言えば、これに加えて学生帽を被るイメージもあります。
龍の宮物語の舞台上では出てきませんでしたが、ポスターの先行画像?では清彦役の瀬央ゆりあが手に制帽を持っていました。
その中で山彦だけは書生服を着ていません。山彦は昔ながらのというか、シャツ無しの通常の着物の着方で、足袋も履かず裸足に下駄というラフな足元です。
最初はやんちゃで豪快な山彦のキャラクターを表すための衣装なのかと思ったのですが、結末を知ると、この服装の違和感にも意味があったことが分かります。
2幕で明かされる山彦の正体
1幕の終わりに清彦(瀬央ゆりあ)が龍の宮物語から戻ると、そこは30年後の日本。
2幕で島村家の別荘を再び訪れた清彦の前に、山彦(天華えま)が現れます。
山彦は30年前と外見が変わらない清彦の姿を見ても驚かず、玉姫(有沙瞳)と清彦の因縁について説明します。
ここで山彦の正体が、清彦の祖父であったことがわかります。
山彦と清彦は、大昔玉姫が人間だった時代の恋人(拓斗れい)の子孫にあたる存在。
玉姫が夜叉ヶ池に沈められた際、その恋人は玉姫を裏切って逃げたとして、玉姫の恨みを買い、その子孫たちは代々命を狙われてきたのでした。
そのため一族の中には「夜叉ヶ池に近づいてはいけない」という掟があったにも関わらず、山彦は夜叉ヶ池に行ってしまい、龍の宮へ連れていかれます。
しかし龍神(天寿光希)の弟・火遠理(天飛華音)と玉姫の従者・伊吹(紅咲梨乃)の手助けにより、龍神と玉姫に殺される前に山彦は龍の宮から逃げ帰ることに成功した、ということが明かされます。
清彦と同じように、山彦も龍の宮から戻ると数十年の時が経っていて、孫である清彦を自分と同じ目に遭わせないために、書生仲間になって傍にいた、ということなんでしょう。
山彦が書生服ではなく昔ながらの着物の着方をしていたのも、元々数十年前に生きていた人だからということですよね。
幕末の人から見たら、清彦たちの和洋折衷な書生服姿は何とも奇妙に見えたのだろうなと思います。
ということで2幕中盤で、山彦の正体は清彦の祖父であることがわかりました。
しかしその後、山彦の人生について、もう一つの事実が明かされます。
後編では山彦の人生を時系列で振り返り、深掘りしてみたいと思います!
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