雪組御園座公演『An American in Paris(パリのアメリカ人)』が開幕しました!
全体の流れやナンバーの構成などはBW版に忠実な一方で、主役のジェリー(朝美絢)の過去が大胆に肉付けされていたり、BW版では全てダンスで表現されていた部分に台詞が入ったりしています。これにより、ストーリーや登場人物のキャラクターが、予習時の印象より遥かに深いものになっていました。
底抜けに楽しいナンバーもたくさんあるのですが、ただのハッピーミュージカルというだけでなく、観劇後にそれぞれの登場人物の人生に思いを馳せてしまうような、心に刺さる作品でした。
思いつくまま感想や考察を書いてみますが、ネタバレ全開かつ結構重め&偏ったものになりそうなので、観劇前ではなく、観劇後に「こんな見方をした人もいるのか」という感じで読んでいただけたら良いなと思います。
予習用には、こちらであらすじや配役、セットリストなどをまとめています。

三者三様の傷の負い方をしているジェリー(朝美絢)アンリ(瀬央ゆりあ)アダム(縣千)
3人の中で一番わかりやすく傷を負っているのは、戦争の後遺症で足が不自由になったアダム(縣千)です。アダムは悲観主義者で、芸術=暗さだ!と物事の陰や暗い部分に焦点を当てて過ごしています。
ジェリー(朝美絢)はその真逆で、一見底抜けに明るいキャラクターで、楽しくて幸せなことだけ考えている楽観主義者のように見えます。しかし実際には、軍人時代の心の傷から目を背けるために、必要以上に陰を避けて明るいところだけ見ようとしているんだな、ということが徐々にわかってきます。
アンリ(瀬央ゆりあ)の心の傷はより複雑で、戦争のことでいうと、アダムが一般論としてジェリーに言う「パリの人たちはユダヤ人をナチスから守れなかったことに罪悪感を持っている」というのがアンリにも当てはまって、特にリズの両親を守れなかったことに対して、アンリの両親共々深い後悔があるのかなと。
ただアンリの場合は、戦争のことだけではなく、本当の自分とずっと向き合ってこなかったというのが劇中でのテーマになっていて、あるべき自分でいるために、心にずっと蓋をして殺してきてしまったというのが大きな要素として見えてきます。
負った傷の反動として、明るいところを見ようとしないのがアダム、暗いところを見ようとしないのがジェリー、全てを見ないようにしているのがアンリという感じかなと思いました。
「べき」を優先してしまう似た者同士のリズ(音彩唯)とアンリ(瀬央ゆりあ)
リズ(音彩唯)の印象はBW版を予習していた時から大きく変わってはいなくて、自分が「こうしたい」と直感で思うことよりも、「こうすべき、こうあるべき」を優先してしまう人なんですよね。
だから戦時中に命懸けで自分を守ってくれたボウレル家の人たちへの恩に報いる「べき」だし、望まれたらアンリ(瀬央ゆりあ)と結婚する「べき」だ、と誰にも強制されていないのに自分で自分を縛ってしまいます。
そしてアダム(縣千)がずっと気にしているように、アンリの「べき」はリズより更に根深くて、きっと幼い頃から伝統あるボウレル家の跡継ぎとしてあるべき姿であろうと自分の直感的な部分に蓋をし続けてきた結果、自分が無理をしていること自体にもはや気づけない、自分の本心を無自覚に「こうあるべき」にすり替えて自分で騙してしまっている状態なんだろうと思います。
劇中でジェリー(朝美絢)やアダムはそれを「犠牲」と呼んで非難しますが、リズやアンリからすると、日本語でいうところの「義務感」というよりも、物事の道理のような、もっと当たり前のものなのだろうなと思います。ここがアメリカ人とフランス人の違い、ということでもあるのかもしれません。
「恋愛相手としては違う」のはリズ(音彩唯)だけでなくアンリ(瀬央ゆりあ)側も?
リズ(音彩唯)は決してアンリ(瀬央ゆりあ)にネガティブな感情を抱いているわけではなくて、本当に大事な存在であることは真実なんですよね。一緒にアメリカに行くという話には、二つ返事でOKしていますし、アンリがナイトクラブでパフォーマンスをやり遂げた時、リズも本当に嬉しそうな表情をしています。
ただ恋する相手としては違っていて、直感的に惹かれてしまうのはジェリー(朝美絢)だと。
世間的に見たら、リズはボウレル家の「使用人の娘」なわけで、リズがアンリとの婚約発表の後に世間の反応を気にしたり委縮してしまうのもわかります。
BW版を予習していた時は、アンリを恋愛対象にできていないのはリズの方だけで、アンリはリズのことを恋愛の意味でも好きだと思っていました。
しかし今回の宝塚版では、アンリの方も本当はリズが恋愛対象ではないのかも?というのが、アダム(縣千)の言動によって浮かび上がってきます。
これはリズがどうこうというよりも、後で書くアンリの「大きな秘密」によるものだと思いますが、アンリは自分で自分の本心を騙してしまっている状態なので
「リズと結婚するべき」→「リズを好きであるべき」→「僕はリズに恋しているはず」→「リズが好きだ!」と無意識のマインドコントロールがあるのではと想像します。
リズとアンリはお互い「べき」に縛られていただけで、実は双方向とも恋愛対象ではなかった!?というのが宝塚版で衝撃的に感じた部分で、でもそれによってリズがジェリーを選ぶ結末が、アンリにとってもハッピーエンドになるという構造なのがニクいなと。
もちろん恋愛以外の意味でアンリがリズのことを愛しく大切に思っているのは真実で、リズはアンリの両親とも近い立場であるにもかかわらず、ショーマンになりたいという秘密やアメリカで成功する夢を、当たり前のように共有しているほど親密な存在です。
ただし、リズへのプロポーズが成功したと思い込んだアンリの言動を見ていると「リズも自分を好きでいてくれた!」と喜んでいるのではなく、「プロポーズという自分の義務を果たせた!」という喜びの方が大きい感じなんですよね。
なのでその後、リズの手紙を間違って読んでしまいジェリーやアダムに疑問を呈された時にも、アンリが気にしているのは「リズは自分のことを好きじゃないのか?」ではなく「プロポーズの返事がOKの意味なのか?違うのか?」ばかりで、実は結構不自然だよなと。
人の陰の部分を見過ごせないアダム(縣千)
アダム(縣千)はリズ(音彩唯)に恋した理由を「陰があって、守ってあげたいと思った」と語っています。アダムには人の陰の部分が際立って見えていて、それを放っておけない、何とかしたいという思いに突き動かされる人なんだろうなと思います。
ジェリー(朝美絢)に最初に会った時も、アダムはジェリーの絵の1枚を「暗い感じが好き」と言っていて、軽薄なお調子者というだけではない陰があることを、最初から感じていたからこそ友人になったんだろうなと。
そんなアダムが、何度も何度も「それはお前の本心じゃないだろ」「自分の心とちゃんと向き合え」と心の奥を叩き続けている相手がアンリ(瀬央ゆりあ)なんですよね。
アンリは無自覚に自分で自分の心を騙している状態なので、全然思い当たることがない、というリアクションをするのですが、人の陰の部分を敏感に感じ取るアダムからすると、リズと同じ位かそれ以上に、アンリが苦しそうに見えるんだろうなと思います。
蛇足ですが、アダム自身も足が不自由になった自分というものに実はちゃんと向き合えないまま来ていて、頑なに杖を使わなかったりするのかなと。
劇中でアダムが動くのに人の助けを借りることは一度も無かったように思うんですが、最後の最後、ジェリーとリズを見届けたアンリとアダムが帰っていくところで、肩につかまれというアンリに、アダムが素直に従うんですよね。それが、アダムが足の不自由な自分を、本当に受け入れられた描写なのかなとも思ったりします。
ジェリー(朝美絢)の明るさも心の傷の裏返し
今回の宝塚版で、ジェリー(朝美絢)の過去についての描写が大きく肉付けされました。
・元々画家になりたかったのに、親に強制的に軍人にさせられたこと
・戦場で親しい仲間や部下が目の前で死んでいき、それが大きなトラウマになっていること
リズやアンリ、アダムたちと出会って以降のジェリーは、明るくて楽観的で自信家で強引なヤツなので、最初は気づかなかったんですが、観劇を重ねると、ジェリーが過剰に「シリアス」を避けようとしているようにも見えてきました。
リズが少し言いよどむとすぐ「言いたくないことは言わなくていい」と先回りし、アンリとアダムが言い争いになると、かなり強く遮って止めていたり。
アンリが「母に持たれている疑惑」を打ち明けようとした時も、普通に聞いてあげてもいいのに慌ててやめさせているんですよね。
(アンリに対するそれまでのアダムの言動からすると、アダムはアンリの告白を受け止めたかっただろうと思うんですが、この時はジェリー側の心を尊重して「ジェリー様の命令だよ!」と同調している気がします。本当にアダムには人の心の機微みたいなのが良く見えているんだなと)
ジェリーが他人の陰に踏み込むことを極端に避けようとするのは、自分の陰にも踏み込まれたくないという防衛本能で、それだけ傷ついているということなんだろうなと。
ここから先はちょっと飛躍しすぎかもしれませんが、
そもそも劇中で私たちが見ているジェリーのキャラクター自体、どこまで彼本来のものなんだろうかと思ったりもします。
というのも、ジェリーの絵はどこで見れるのかとマイロ(妃華ゆきの)に聞かれたジェリーは「ルーブル(美術館)かな!」と自信満々な大口を叩いていますが、回想の戦場では、部下にスケッチを褒められても「ただの落書きだよ」と卑下していて、まるで真逆です。
アダムもジェリーの絵に暗さを見出していましたし、パリに来る前のジェリーはもしかしたら全く違った性格の人物だったのかもしれない、とも想像してしまいます。
ジェリー(朝美絢)とリズ(音彩唯)が抱える心の傷は実は似ている?
2幕の回想でジェリーの軍人時代の描写が差し込まれますが、ここが宝塚版「パリのアメリカ人」の一番大きな改変ポイントで、重いシーンでもあります。
短いシーンですが、色々なことが表現されていて
士官学校を出ているジェリーはただの一兵卒ではなく、中尉という立場であること
劣勢のなか最前線で戦っていて、既に多くの親しい部下たちを戦闘で亡くしていること
ジェリーは彼らの絵を描いていたが、書き上げる前に戦死してしまったこと
砲声に怯えた様子で駆け込んでくる年若い兵士ダニー(月瀬陽)とボビー(霧乃あさと)は、ジェリーの描く絵に励まされると言うが、彼らもまた戦死してしまったこと
これらの描写から、ジェリーの心の傷は、戦場での凄惨な体験に加えて、年若い多くの部下が目の前で戦死する中で、上官の自分だけが生き残ってしまった罪悪感という要素も強いのかなと想像します。
リズ(音彩唯)に関しても、両親や多くのユダヤ人が連行される中で、自分はボウレル一家に匿われて生き延びたことに対する罪悪感というのがある気がして、ジェリーとリズの抱えるものの根底は意外と似ているのかもしれない、と思ったりもしました。
リズが戦時中どのような様子で隠れて暮らしていたかは描写されていませんが、2幕最後のThey Can’t Take That Away from Me (誰にも奪えぬこの想い)のナンバーでアンリ(瀬央ゆりあ)が歌う「ささやき声」「強いまなざし」という歌詞は、きっと戦時中のリズのことなんじゃないかなと想像します。
このナンバーではジェリー、アンリ、アダムの3人がリズとの思い出を歌っていますが、ジェリー、アダムに関してはリズとの出会いから観客も見ているので「弾むつま先」「涙の痕」「笑顔の君」などは、「きっとあのリズのことだな」と想像ができるのですが、アンリのパートだけは劇中ではなくもっと前のことも含まれている気がして、改めてアンリはリズとたくさんの時間を共有してきたんだなと実感したりしました。
アンリ(瀬央ゆりあ)の「もうひとつの大きな秘密」とは
「パリのアメリカ人」公演プログラムで、演出の指田先生はアンリ(瀬央ゆりあ)について「(ショーマンになりたい以外に)もう一つ大きな秘密がある」「あえてはっきりとは描いていない」と気になるコメントをしています。
ここはかなりセンシティブな部分だと思うんですが、
その秘密とは、アンリのセクシャリティについて。女性を恋愛対象にできないということだと私は解釈しました。だからリズに対する「好き」も、本当は恋愛の好きではなかったと。
正直予習段階ではそれは全く想定していなくて、今回の観劇前に公演プログラムを読んで指田先生の「アンリの大きな秘密」というコメントと、石田先生のコメントにあるLGBTという単語で、そういう方向かなと想像しながら観て答え合わせをしたという感じです。
「はっきりとは描いていない」とあるものの、私としては1幕で結構クリアに示されているなという印象で
・アンリの母親が「もしかして女性以外に興味があるのでは」と疑っていて、アンリも否定しないこと
・アンリとアダムの言い争いを止めようとジェリーが言った「お嬢ちゃん」という単語に、アンリが「僕はお嬢ちゃんじゃない!」と過剰に反応すること
この2つがわかりやすいですが、他にもそういう意味にも取れるなというポイントがいくつかありました。
ただし劇中で言及されているのは「恋愛対象が女性以外にあるかもしれない」ということだけで、イコール男性が恋愛対象/性自認が女性寄り/といった意味とは限らないですし、LGBTQの端的な単語で表現することも適切ではないかなと感じるので、セクシャリティの揺れ、とだけにとどめておきたいと思います。
想像ですが、アンリは自分のセクシャリティをはっきり認識していてそれを隠している、という状態ではなく、自分自身でもおぼろげというか、「そうかもしれない」「いやそんなはずはない」「ボウレル家の跡継ぎとしてそんなことあってはならない」というあたりをグルグルしている感じなのかなと。
アダムが感じているアンリの「陰」にはセクシャリティの要素も含まれていて、だからこそリズとの結婚を「お前みたいなタイプ」には重荷になるんじゃないか、と心配したり、(手遅れになる前に)自分の心の奥底にあるものと向き合え、と何度も言い続けるのだろうと思います。
気づかなくても通じる絶妙な表現のバランス
ただし指田先生が「あえてはっきりとは描いていない」としているように、観客がアンリのセクシャリティの要素に気づかなくても、アダムの心配も、アンリが最後に「見つけた」ものも、「アンリを縛っている義務の話」として通じるようになっているんですよね。
瀬央アンリの演じ方や仕草も、その辺りをかなり繊細なバランスで作っているように感じて、特にリズにプロポーズを承諾してもらったと勘違いする場面のコミカルな動きが、「アンリぼっちゃま」のキャラクターとしても通じるし、「アンリのセクシャリティの揺らぎ」が見え隠れしているとも解釈できるなと。
アンリの最後の場面やパレードの衣装が、ポスターで着ている最初のスーツではなく、派手な柄物のシャツに紫のジャケット姿(他の衣装よりもラインなどが柔らかい印象)なのも、それが一番色々な意味で「アンリらしい姿」だということを示しているのかなと思ったりします。
マイロ(妃華ゆきの)とアンリ(瀬央ゆりあ)の関係性の解釈
マイロとアンリは、人に羨まれるような裕福な家に生まれた者同士だからこその、本音で分かり合える存在として描かれています。
実は予習でBW版の映像を見ていた時には、もしかしたらアンリとマイロは今後良い感じになったりするのかも?と感じていました。BW版では、バレエ公演の後、リズとの関係が終わると分かったアンリが「これから何をすれば良いかわからない」と言うのに対して、マイロがアンリの頬にキスをして「じゃあ朝私に電話して」と返すんですよね。
でも宝塚版ではそのやり取りは無くなっていて、あくまでも良き友人関係としての握手になっています。
察しの良いマイロのことなので、「めったにいない買い物好きの男性」とアンリを評した時から、アンリのセクシャリティの揺れにも気づいていて、その意味も含んでの「何か見つけたの?」という問いかけなのかなと解釈しています。
宝塚に最適化しつつBW版の雰囲気もしっかり残した宝塚版「パリのアメリカ人」
登場人物について色々と重めな感想ばかり書いてしまいましたが、今回の宝塚版「パリのアメリカ人」は、かなり高レベルで宝塚での上演に最適化されたものになっていると思います。
各出演者に見せ場が作れるよう、役もかなり増えていますし、ナンバーにも色々な手が加えられてエンタメ要素が上がっています。例えば「ライザ」は元々ジェリーとリズ二人だけの場面ですが、宝塚版では釣り人のおじさんたちと魚たちも加わった、にぎやかなナンバーに変身しています。
BW版だと足が不自由なアダムが踊るのは、アンリの空想上の「天国への階段」のナンバーのみですが、宝塚版では「スワンダフル」でも同じく空想上の設定ということで縣アダムのタップダンスが見られる配慮がされていて、「アイガットリズム」でも皆の中心で踊るパートが入っています。
逆にBW版ではかなり長尺のバレエシーンは大胆に短縮されていて、でも元々の雰囲気やエッセンスはそのまま残した振付や構成になっているのが匠の技だなと感じました。
雪組公演「An American in Paris(パリのアメリカ人)」公演情報・期別出演者
ミュージカル
『An American in Paris(パリのアメリカ人)』
作詞・作曲 ジョージ・ガーシュイン、アイラ・ガーシュイン
脚本 クレイグ・ルーカス
潤色・上演台本/石田昌也
演出・訳詞/指田珠子
公演期間:
2025年8月14日(木)〜9月4日(木)@御園座 (愛知県)
出演者:
雪組
透真かずき(91期)
朝美絢、天月翼、瀬央ゆりあ(95期)
妃華ゆきの(96期)
縣千(101期)
愛羽あやね、紗蘭令愛(103期)
蒼波黎也、麻花すわん、風雅奏(104期)
音彩唯、琴峰紗あら、愛空みなみ、月瀬陽(105期)
霧乃あさと、彩名美希(106期)
絢月晴斗、瑞季せれな、妃奈環、瞳月りく、乙瀬千晴(107期)
苑利香輝、清羽美伶、榊歩(108期)
音綺みあ、祈菜さあや、星姫あやか(109期)