東宝版「1789 –バスティーユの恋人たち-」2025年再演が開幕しました。
1789は宝塚での月組初演、星組再演、東宝での2016年初演、2018年再演と全て観ているのですが、上演する度に楽曲のセットリストが変わったり色々な変化のある作品で、2025年東宝版も楽しみに観に行きました。
今回東宝では7年ぶりの上演ということで、キャストも世代交代して一新されましたが、それによってまた新たな見方のできる1789になったなという印象です。
特に印象深かった変化やキャストについて感想を書いておきたいと思います。

(2025年版も更新しています)

2025年版「1789」は貴族側も含めた「同世代の群像劇」感が強まった
「1789」は元々若者たちの群像劇と表されてきたと思うのですが、今回はその「群像劇」の範囲がより広がったな、というのが観劇して一番の印象でした。
どういうことかというと、2016&2018年の東宝版で「若者の群像劇」と言われて私が主に想起するのは、ロナンとオランプ、ロベスピエール、デムーラン、ダントン、ソレーヌといった革命側のメンバーのことで、貴族側はその枠内に入っていなかったんですね。若者=革命側で、貴族側はそれよりひと世代上のような見方をしていたなと。
東宝版は宝塚版と比べて出演者の年齢層が幅広いこともあって、これまでの東宝1789では、貴族側のキャストにキャリアの豊富な、舞台を締めるポジションの方が多く配役されていたことも要因のひとつだったと思います。
ベテラン揃いの手練れの貴族サイドに、若者たちが革命を挑む、というのがこれまでの東宝版1789で感じていた構図でした。
史実ではアントワネットやアルトワと革命家たちは同世代
ただし、1789に登場する主な実在の人物は、貴族側も革命側も実はほぼ同世代なんですよね。
生まれ年と1789年時点での年齢
1754年・35歳 ルイ16世
1755年・34歳 アントワネット、フェルゼン
1757年・32歳 アルトワ
1758年・31歳 ロベスピエール
1759年・30歳 ダントン
1760年・29歳 デムーラン
こんな感じで全員アラサーなわけです。
これまでの東宝版を観ていたら、吉野圭吾アルトワと、古川雄大/三浦涼介ロベスピエールが1歳差とはとても思わないですよね。
ロナンはもう少し年下の20代前半位のイメージで、革命家のメンバーからみたら弟分という感じかなと思っています。
個人的には「若い革命家たちが老害の支配者を打倒した」のではなく、国王も王妃も革命家たちと同じ位若かったというのが、史実のフランス革命でグッとくるポイントです。
さらに、結局革命家たちも恐怖政治下で次々に処刑されているので、革命後まで生き残ったアルトワとフェルゼン以外、没年もほぼ同じなんです。
1793年1月ルイ16世/10月アントワネット
1794年4月ダントン、デムーラン、リュシル/7月ロベスピエール
全員ギロチンで処刑されていて、フェルゼンも暴動で死去なので、ベッドで最期を迎えられたのは、シャルル10世としてブルボン王朝最後の王になり更に亡命して生き永らえたアルトワだけです。
貴族たちも揺れ動く「群像劇の登場人物」のひとり
2025年東宝版の1789で大きな変化だと感じたのは、王族側と革命側が史実通り同世代に見える、ということです。
詳しくは後述しますが、アルトワが若く幼い造形になり、ルイ16世も若返って今回演じている山田定世さんが長身で整った顔立ちの方なので、アルトワと年の近い兄弟だということが伝わりやすくなりました。
東宝版のルイ16世は、アントワネットとフェルゼンの再会の場に出ていくのを迷ったり、アントワネットと心が通じ合った後近寄って抱きしめようか、という間があるのにできずにギロチンの話をしてしまう、というように迷いや揺らぎが見える役作りになっています。
アントワネットも、これまでより可愛らしく繊細な雰囲気になっていて、歴代のアントワネットは「全てを賭けて」での享楽的な印象が強いパターンや、2幕の母としての姿が濃いパターンなどがあったのですが、今回のアントワネットは恋する女性としての側面が強い気がします。
このように2025年版ではアントワネット、アルトワ、ルイ16世に青さがある分、革命側の若者と並列で貴族側も「群像劇の揺れ動く登場人物のひとり」になっているように見えたのが、おもしろい変化だなと思いました。
登場人物が横並びに見えるよう意図的にトーンを揃えている?
こう見えたのには革命側の変化も影響していて、2025年版を観た時に色んな意味で「マイルドだな」と思ったんですね。
2016,2018年のキャストはもっと凸凹でそれぞれアクが強かった気がして、オランプやソレーヌもより激しくて強い女たちだったなと。
2025年版はそれと比べて皆同じようなトーンで揃っている感があったのですが、キャストの違いによるものというだけでなく、ある程度演出の意図でもあるのかなと
(例えばソレーヌ役の藤森蓮華さんは、ムーランルージュのニニ役を観ているので、ソレーヌをもっとインパクト強く振り切った感じにもできると思います)
今回の1789を観て、もっとやり過ぎてほしい!物足りない!と感じる観客も、エグみが抑えられて見やすいと感じる(例えばアルトワがオランプを襲う場面など)観客も、両方いると思うのですが、これが「令和らしい1789」ということなのかなと解釈しました。
気まぐれで退屈している幼い猫アルトワ(高橋健介)
2025年版1789で、これまでの東宝版と圧倒的に印象が変わったのがアルトワです。
初演ではベテランの吉野圭吾さんがエキセントリックに演じていた印象が強く、群像劇の中の人、というよりも脇を固めるスパイス的な立ち位置でした。
それに対し、今回のアルトワは年齢が大幅に下がり、退屈しのぎに悪いこともやってみるけどそんなに深い意味も無く、気まぐれで我儘な幼さを感じられる造形が新鮮でした。
今回のアルトワの人物像がよく表れているなと思ったのが、2幕冒頭で平民たちが球戯場に立てこもる場面です。
アルトワは台の上から平民たちを見下ろしているんですが、そこにロナンが飛び込んできた時に一瞬新しいおもちゃを見つけたような凄く楽しそうな表情をしていたんです。
でもロナンが「俺の権利を行使する!」と踊りはじめるともう飽きてしまって、自分のキラキラの指輪を眺めて暇つぶしを始める、という行動が幼くて、その気ままさ加減が猫っぽくもあるなと。
実年齢でも革命側キャストと同年代かつ2.5次元舞台出身というバックグラウンドも似ている高橋健介さんをキャスティングした時点で、演出側にもアルトワの立ち位置を変える意図があったのでしょうが、これが上手くはまったなと思います。
高橋健介さん、なんとなく顔と名前が一致する位で、舞台で拝見するのは今回が初だったのですが、ビジュアルに華があるだけでなく、所作がとても綺麗で、幼少期から王族として教育されてきた感に説得力がありました。
その洗練された立ち振る舞いに対して、内面は幼く未熟だったりして革命家たちと同世代の若者なんだな、というギャップが今回のアルトワの肝だと感じたので、その見せ方が見事だなと思います。
2025年版を観劇した後、改めて映像で吉野アルトワを見返したのですが、台詞や場面自体は今回と基本的に同じで。役者と演じ方が変わるだけで、こんなにも全体に与える印象が変わるのか、と驚愕しました。
2025年東宝版アルトワは宝塚星組版の瀬央アルトワの弟分?
今回のアルトワの人物像や劇中でのポジショニングは、東宝版よりも2023年宝塚星組版の瀬央ゆりあアルトワに近いなと思います。
(月組初演版の美弥るりかアルトワ要素もありそうな気がするのですが、手元に映像が無く記憶が不確かなので、瀬央アルトワとの比較になっています)
初期の瀬央アルトワも今回の高橋アルトワも「退屈」が行動のベースにあって、世の中の混乱を煽って王位を狙うのもオランプに執着するのも、退屈を紛らせられるというのが出発点なのかなと。
(これはアントワネットにも共通していて、史実ではこの2人は遊び友達として仲が良かったようです)
瀬央アルトワは千秋楽までの間に策略家の色がどんどん強くなり、国王やオランプを自分の思うままに動かすことで、権力欲や支配欲を満たそうという悪役度が上がっていったのですが、高橋アルトワはそこまでは考えていなくて「退屈だから」「面白そうだから」で悪いことをしている感じかなと。
今回アルトワがアントワネットにジョーカーを引かせた後、手札が全部ジョーカーなのを客席に見せる演出が加わったのですが(瀬央アルトワは全部ジョーカーでは無かったはず)
高橋アルトワが劇中でやっている悪事は全部「姉上に引かせるカード全部ジョーカーにしちゃお♪」位のノリのように見えてきて、それが今回の1789のトーンにはフィットしている気がしました。
瀬央アルトワと比べて精神年齢が5歳位下で、より幼い弟という感じだなと。
瀬央アルトワと高橋アルトワの違いが一番わかりやすかったのが、最後オランプに銃を突き付けられる場面です。
瀬央アルトワの場合、平民(正確には下級貴族)の小娘ごときに動揺させられるなんてプライドが許さないので、内心では焦りながらも平静を装って嫌味を言い退散するのですが、高橋アルトワ、一瞬で部下三人組の後ろに逃げ込んで隠れていました(笑)
気まぐれな猫のような拗ねて我儘で幼い2025年版のアルトワ、個人的にはとてもおもしろくて楽しませてもらいました!
革命後の悲劇的な末路を既に予感させるロベスピエール(伊藤あさひ)
2025年東宝版1789のキャストでもう一人特に印象的だったのが、伊藤あさひさんのロベスピエールです。
1789の時点でのロベスピエールというよりも、史実での彼の末路まで踏まえた上での、私が思い描くロベスピエール像にドンピシャでした。
ロベスピエールは革命後、理想を追い求めるあまり恐怖政治に突き進み、盟友のデムーランやダントンもギロチン送りにします。そしてその数か月後、自らもギロチンで処刑されています。
伊藤あさひさんのロベスピエールは、革命後の彼の末路を今の時点から強く感じさせる雰囲気を持っているなと。
目がずっと笑っていなくて、神経質で気難しそうででもカリスマ性はあり、デムーランやダントンに対しても実はそんなに強い友情を感じてはいないんじゃないか(自分の理想と友情を天秤に掛ける必要が生じたら、簡単に友情の方を切り捨てそう)、というのを想起させる佇まいでした。
1789ではロベスピエールの人物像が深く掘り下げられているわけではないので、パレ・ロワイヤルで皆が騒いでいる場面にロベスピエールは登場しない、というのがデムーランやダントンとの違いを示す大きな要素になっています。
これまでのロベスピエールは、パレ・ロワイヤルでのバカ騒ぎやダントンの女遊びに誘われても「俺はやめとくよ」位は言ってくれそうだったのですが、伊藤ロベスピエールは冷たく一瞥して終わらせそうだなと。
あと1789定番の突っ込みポイントでもある「サ・イラ・モナムール」で突然登場するロベスピエールの恋人問題ですが、歴代ロベスピエールはその前からアイコンタクトをしたりと伏線を張っているケースもあったのですが、伊藤ロベスピエールは曲中で組んでいる時でも恋人にほぼ関心を持っていなさそうに見えたのが面白かったです。
伊藤あさひさんも映像で何度か見たことがあるだけで舞台では初めてだったのですが、ずっと低体温で青白い炎のようなロベスピエールにぴったりの配役だったなと。
1789時点でのロベスピエールは、革命への道を走り始めた段階なので、革命後の末路を感じさせず、仲間と一緒に国を良くしようと熱くなっている人物として作る選択肢も、もちろんありだと思います。
ただ私個人としては「ロベスピエール」という歴史上の人物である以上、その先の生涯も予感させてもらえる方が好きなので、これまでの中でも一番革命後の悲劇に直結する雰囲気を持っている今回の伊藤ロベスピエールが、とてもしっくり来ました。
2025年東宝版1789、キャストが発表された時には、正直これまで馴染みのない方が多く、どうなるのかなと思っていたのですが、また新たな時代の1789として、とても楽しめました。
私が観劇したのは初日が明けてすぐなので、これから公演を重ねて変化していく部分もあるかと思います。千秋楽までどんな1789になっていくのか、引き続き楽しみです!
「1789 -バスティーユの恋人たち-」公演情報
2025年4月8日(火)~4月29日(火・祝)@明治座(東京都)
2025年5月8日(木)~16日(金)@新歌舞伎座(大阪府)
[脚本・音楽]ドーヴ・アチア 他
[潤色・演出]小池修一郎
[出演]
ロナン:岡宮来夢/手島章斗(Wキャスト)
オランプ:星風まどか/奥田いろは(乃木坂46)(Wキャスト)
マリー・アントワネット:凪七瑠海
デムーラン:内海啓貴
ロベスピエール:伊藤あさひ
ダントン:伊勢大貴
ソレーヌ:藤森蓮華
ラマール:俵 和也
アルトワ:高橋健介
フェルゼン:小南光司
ペイロール:渡辺大輔
ネッケル:増澤ノゾム
デュ・ピュジェ中尉:港 幸樹
ルイ16世:山田定世
ロワゼル:宮下雄也
トゥルヌマン:須田遼太郎
ポリニャック夫人:晴華みどり
リュシル:鈴木サアヤ
シャルロット:宿谷彩禾 徳永みな 南里侑明
ルイ・ジョセフ:谷 慶人 古正悠希也
アンサンブル
天野カイジ、新井智貴、伊藤 奨、岡田梨依子、
尾関晃輔、奥富夕渚、加藤冴季、北田涼子、
彪太郎、今田和季、塩川ちひろ、七理ひなの、
柴田海里、鈴木大菜、鈴木遼太、高雄結女、
德市暉尚、内藤飛鳥、中村 拳、西垣秀隆、
新田寧々、平井琴望、藤本真凜、堀田聖奈、
松平和希 (五十音順)
スウィング:梅津大輝、Okapi、駒田奈々、庄田あかる
